破産法は、破産債権者の相殺権の範囲を民法より拡張しています(破産手続における相殺)。しかし、一定の場合、相殺を禁止しています。
破産手続における相殺禁止
破産法は、自働債権・受働債権のそれぞれについて、相殺権を拡張しています。しかし、相殺を無制限に認めると、債権者間の平等を害するおそれがあります。特に、危機時期に相殺適状を作出した場合は、否認と同様に制限する必要があります。
そこで、破産法は、危機時期に、破産債権者が破産者に対して債務を負担した場合は、相殺を禁止しています(破産法71条、破産手続と相殺禁止参照)。
また、破産法は、危機時期に、破産者に対する債務者が、破産債権を取得することによる相殺を禁止しています(破産法72条)。このような相殺を認めると、従前の債権者が実質的価値が低下した債権を額面額で回収することになり、配当原資が減少します。つまり、破産債権者への重大な不利益が生じ、実質的に債権者平等を害する行為と評価できます。したがって、相殺が禁止されています。
相殺禁止の対象
禁止される相殺は、破産手続開始後の破産債権の取得です(72条1項1号)。相殺権の行使の基準時は、破産手続開始決定時です(破産法67条1項)。破産手続開始決定時に、相殺適状にない以上、相殺を認める必要はないため、相殺禁止とされています。
条文上は、他人の破産債権の取得となっています。しかし、相殺禁止の趣旨から、他人の破産債権に限定する理由はなく、新たに破産債権を取得する場合にも類推適用され、相殺は禁止されると解されています。
たとえば、双務契約未履行契約に基づき、解除権を行使されたことにより、破産債権を取得した場合(破産法54条1項、53条1項・2号)や、否認権を行使され、破産債権を取得した場合(破産法168条2項2号・3号)も相殺は禁止されます。
破産債権を被担保債権とする保証人が破産債権を代位取得した場合(破産法104条4項)も相殺は禁止されます。しかし、保証人が弁済を行い、求償権が現実化した場合は、将来の請求権(破産法104条3項)が現実化したとして、有効に相殺できるという見解が有力とされています。もっとも、最高裁は、無委託保証人が保証債務履行を履行して取得した事後求償権を自働債権として行った相殺は、相殺禁止により、許されないと判断しています(最高裁平成24年5月28日判決)。
危機時期における破産債権の取得
破産法は、危機時期における破産債権の取得を相殺禁止としています(破産法72条1項2号~4号)。破産手続開始決定時には相殺適状になっていても、支払停止や破産申立後といった危機時期に相殺適状が作出されている場合は、債権者平等を害するおそれがあるので、一定の要件の下、相殺が禁止されています。
支払不能後の破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が、破産者が支払不能に陥った後、支払不能であることを知って、破産債権を取得した場合、相殺は禁止されます(破産法72条1項2号)。
支払停止後の破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が、破産者の支払停止後に、支払停止を基礎付ける事実を知って、破産債権を取得した場合、相殺は禁止されます(破産法72条1項3号)。
破産手続開始申立後の破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が、破産手続開申立後に、申立ての事実を知って、破産債権を取得した場合、相殺は禁止されます(破産法72条1項4号)。