破産手続における否認権と相殺


相殺が破産手続において否認権の対象になるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁昭和41年4月8日判決

 ①破産債権を有する者が、支払の停止または破産の申立があったことを知って、破産者に対し債務を負担した場合に、相殺が許されるか?(破産手続と相殺禁止参照)また、②破産債権者の相殺権の行使が否認権の対象になるかどうか?が争われた事案です。

最高裁の判断

 最高裁は、破産債権者のなした相殺権行使自体は、破産者の行為を含まないので、否認権の対象ではないと判断しました。

 旧破産法104条1号は、破産債権者が破産宣告の後破産財団に対して債務を負担した場合の相殺を許さない旨規定しているだけであって、破産宣告前において破産債権者が支払停止または破産申立のあったことを知って破産者に対する債務を負担するに至った場合の相殺をも許さないとする規定は存しないのであるから、同法98条の原則に従って、破産債権は、破産宣告の当時すでに破産者に対して負担する債務と破産債権との相殺を破産手続に依らず行いうるものといわねばならない。

 同法104条3号本文が「破産者ノ債務カ支払の停止又ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リテ破産債権ヲ取得シタルトキ」には相殺をすることができない旨規定しているのは、破産宣告前であつても、支払停止または破産申立があった後のいわゆる危殆時機においては、すでに破産債権の実価は下落するのが通常であるところ、破産者に対する債務を負担している者が危機時機において実価下落の破産債権を取得して相殺に供し、もって、不当に有利にその債務を消滅を計ることを許すのは、破産法が本来考えた相殺許容の趣旨を逸脱するものといわねばならず、しかも、この場合の破産債権の取得は、破産者の加担なしに行われうるから、否認権をもってこれに対処することができない点を考慮したことによるものと解せられる。

 これに対し、破産債権をすでに有する者がそれとの相殺を企図して破産者に対する債務を負担しようとするには、破産者との間に新たに債務負担行為をする場合および債権者たる破産者も加って債務引受の合意がなされる場合は勿論、債務者と引受人とだけで債務引受の合意がなされる場合にあっても、少くとも債権者たる破産者の承認を要するから、破産者の加担なしにこれに対する債務の負担は考えられないわけであって、破産債権を有する者が支払停止または破産申立のあったことを知りながら破産者に対する債務を負担する場合には、債務を負担するに至った行為について否認権行使が考えられる。

 この点の相違を考えて、法は、後者の場合に104条3号のような規定の必要を認めなかったものと解するのを相当とする。従って、後者の場合に対処して同旨の規定が設けられていないことについて、法の不用意をいうのはあたらないし、104条3号の拡張類推を考えるのは、法の趣旨とするところに合致しないものといわねばならない。

 破産債権者のなした相殺権行使自体は、破産者の行為を含まないから、旧破産法72条各号の否認権の対象となりえないと解するのを相当とする。


PAGE TOP