破産手続における否認権の行使に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁平成5年1月25日判決
破産者が、特定の債務の弁済に充てる約定の下で借り入れた金員により、当該債務を弁済した事案です。
当該債務の弁済が、否認権の対象行為か?が争われました。
事案の概要
破産者は、証券会社であるが、昭和57年7月12日京都地方裁判所において破産を宣告され、上告人が破産管財人に選任された。
被上告人は、昭和55年4月1日、破産者との間で、破産者から国債を買い付けて破産者にこれを売り戻す旨の現先取引契約を締結し、買付代金を5億2,620万円、売戻代金を5億3,984万4,800円、売戻日を同年6月30日とするが(利回り年約10パーセント)、売戻日前でも破産者の資金が出来次第売戻しをする旨を約定して、破産者が売戻代金支払債務を負担した。
大蔵省近畿財務局による一般検査と特別検査の結果、破産者が同年3月31日の時点で少なくとも9億6,900万円の債務超過の状態にあることが判明したが、社団法人日本証券業協会と京都証券取引所は、同月中旬、破産者と取引のある善良な投資者を保護し、証券業界の信用維持のため、破産者に対して融資を実施することを決定し、破産者の債務超過額を考慮してその融資額を各5億円計10億円とすることにした。
協会は、同年4月10日、破産者及び大阪証券金融株式会社との間で、上記の融資に関する基本契約を締結し、総融資額の限度を5億円、利息を年5パーセント、弁済期を同年10月9日とする、破産者は投資者の保護のため必要な場合に限り融資を受けることができ融資金をこの目的に限り使用する、この契約に定めるところは協会と破産者間のすべての個別の融資取引に適用する、協会は破産者に対する個別融資の出納管理事務を大阪証券金融に委任する旨を約定した。取引所も、同年4月11日、破産者及び大阪証券金融との間で、上記の融資に関する基本契約を締結し、協会と同旨の約定をした。
破産者は、同月12日、本件各貸主から、借入金を被上告人に対する上記の債務の弁済に充てることを約し、基本契約で定めた条件の下に、各2億5,000万円計5億円を借り入れ、借入金5億円に自己資金1,040万円を加えた5億1,040万円で被上告人に対する債務を弁済した。借入金5億円による弁済は、破産者と被上告人の各代表取締役及び本件各貸主から委任を受けた大阪証券金融の社員が銀行の支店に集合した上、破産者の代表取締役が大阪証券金融の社員から交付を受けた額面5億円の小切手をその場で直ちに同支店における被上告人の普通預金口座に振り込んだものであって、破産者が小切手を他の使途に流用したり、他の債権者が差押えその他の方法により小切手から弁済を受けることは、全く不可能な状況にあった。
本件各貸主は、破産者が借入金を被上告人に対する債務の弁済に充てることを約さなければ、貸付けをしなかった。破産者の本件各貸主に対する借入債務は、被上告人に対する債務より利息などその態様において重くなかった。
最高裁の判断
最高裁は、破産債権者の共同担保を減損するものではないことから、否認権の対象にならないと判断しました。
本件においては、本件各貸主からの借入前と本件弁済後とでは、破産者の積極財産の減少も消極財産の増加も生じていないことになる。そして、破産者が、借入れの際、本件各貸主との間で借入金を被上告人に対する特定の債務の弁済に充てることを約定し、この約定をしなければ借入れができなかったものである上、本件各貸主と被上告人の立会いの下に借入後その場で直ちに借入金による弁済をしており、約定に違反して借入金を他の使途に流用したり、借入金が他の債権者に差し押さえられるなどして約定を履行できなくなる可能性も全くなかったというのであるから、このような借入金は、借入当時から特定の債務の弁済に充てることが確実に予定され、それ以外の使途に用いるのであれば借り入れることができなかったものであって、破産債権者の共同担保となるのであれば破産者に帰属し得なかったはずの財産であるというべきである。そうすると、破産者がこのような借入金により弁済の予定された特定の債務を弁済しても、破産債権者の共同担保を減損するものではなく、破産債権者を害するものではないと解すべきであり、当該弁済は、旧破産法72条1号による否認の対象とならないというべきである。