遺産分割協議が、無償行為否認に該当するか?を判断した裁判例を紹介します。
東京高裁平成27年11月9日判決
破産者と破産者の兄との間で行われた遺産分割協議において、破産者の兄が法定相続分を超える遺産を取得した事案です。遺産分割協議が、無償行為否認に該当するか?が争われた判決です。
無償行為否認については、以下の「破産手続における否認権について」を参照
事案の概要
本件破産者は、亡父及び亡母の二男であり、他方、被控訴人は、亡父及び亡母の長男である。本件破産者と被控訴人は、亡父を被相続人とする相続人の全部である。
本件破産者と被控訴人は、平成22年1月9日、両名の亡父を被相続人とする本件遺産分割協議をし、同日付け遺産分割協議書を作成した。本件破産者と被控訴人の取得額は、本件破産者が2,598万4,860円、被控訴人が2億1,111万7,740円である。
本件破産者は、平成22年5月ころ、債務整理を弁護士に委任したところ、同弁護士は、依頼人である本件破産者のために、同月6日過ぎころ到達の同日付け書面をもって「依頼人から依頼を受け、同人の債務整理の任に当たることになりましたのでお知らせいたします」「今後、依頼人、保証人、家族への連絡、取立て行為は中止願います」等を記載した「受任通知」と題する書面を債権者らに送付した。これにより、本件破産者は支払を停止した。
東京地方裁判所は、平成23年6月15日午後5時、本件破産者につき破産手続開始決定をし、破産管財人として控訴人を選任した。
裁判所の判断
東京高裁は、以下のように、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらず、特段の事情があるときに限って、無償行為否認に該当すると判断しました。そのうえで、本件では、特段の事情の存在を否定しています。
破産法160条3項は、破産者が支払の停止等があった後又はその6月以内にした無償行為及びこれと同旨すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると規定する。この無償行為否認においては、破産者の詐害意思を要しないこと、支払停止前6月まで否認の範囲が拡大されていること、受益者の主観的要件を要しないことにおいて、一般の詐害行為否認の特則としての性質を有するものと解するのが相当である。
「無償行為」とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ、又は債務を負担する行為であると解され、その典型的な例は贈与である。
このような「無償行為」について、上記のとおり、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めた根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためであると解される。
遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為である。
したがって、遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり,破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。
遺産分割については、いわゆる「遺産分割自由の原則」があり、法定相続分や具体的相続分とは異なる割合での分割も可能であって、遺産分割協議による分割は、それが共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであれば、基本的にはこれを尊重すべきものである。
したがって、相続人である破産者が遺産分割によって法定相続分ないし具体的相続分を下回る遺産しか取得しなかったとしても、それは、民法906条に則り、上記の一切の事情を考慮した結果であることもあり得るから、その詐害性を直ちに認めることはできないというべきである。
そうすると、贈与や債務免除のような、経済的な対価を伴わない限り、破産者の財産を減少させる行為と評価するほかない行為は、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であって、類型的に「無償行為」として破産法160条3項が軽減された要件で否認を認める上記の根拠が妥当するのに対し、遺産分割協議については、経済的な対価がないということから、無償行為否認について軽減された要件で否認を認めることについての上記の破産法上の根拠がそのまま妥当するとはいえない。
また、遺産分割協議は、相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり、元々破産者の財産でなかったものが、遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ、破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから、この点からみても、破産法160条3項所定の無償行為として、類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではないというべきである。
実質的にみても、債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は、直ちにこれを共同担保として期待すべきではないというべきものである。つまり、破産者がその被相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても、相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては、いわばそれは偶然による特別の幸運である。
そして、控訴人が例として挙げる破産者が思わぬ贈与を受けた場合や宝くじに当選した場合とは異なり、上記説示のとおり、相続においては共同相続人が、民法907条1項に基づいて全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することが妨げられないものである。加えて、破産債権者は、元来、破産者の財産を引き当てにしていたので、破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はないから、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にはいえないというべきである。
以上のとおり、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。もっとも、遺産分割協議が、その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。