破産手続における双方未履行の双務契約に関して、ゴルフ会員権契約を解除できるか?を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成12年2月29日判決
年会費の定めのある預託金会員制ゴルフクラブの会員が、破産した事案です。破産管財人が、双方未履行の双務契約として会員契約を解除できるか?が争点になりました。
事案の概要
本件ゴルフクラブに入会を希望する者は、本件ゴルフクラブの理事会の承認を得、かつ、上告人が定める入会保証金及び名義登録料を上告人に支払うことにより会員資格を取得する。
本件ゴルフクラブへの入会に伴って発生する上告人と会員との間の権利義務関係は、次のとおりである。
(1) 本件ゴルフクラブの会員は、会員としてゴルフ場を利用し、本件ゴルフクラブが主催するゴルフ競技に参加し、本件ゴルフクラブの運営に関し理事会に意見を具申する権利を有し、会則等の規則を遵守し、理事会の決定に従い、年会費及びゴルフ場の利用に関する費用を支払い、同伴したビジターの行為について連帯責任を負担する義務を負う。
(2) 上告人は、会員が会員資格を喪失したときには、入会保証金を返還するが、入会後10年以内の会員資格喪失の場合には、入会保証金を払い込んだ日の翌日から起算して10年を経過した後に返還する。入会保証金は、会員の上告人に対する債務の履行を担保することを目的とし、会員が上告人に対して債務を負担している場合には、払込み額(利息を付さない。)から債務全額を控除した残額を返還する。
A社は、平成2年2月9日、上告人に対し、入会保証金2,300万円を払い込み、本件ゴルフクラブの会員になった。A社は、平成3年10月30日午前10時に破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された。
被上告人は、平成7年3月18日、上告人に対し、旧破産法59条1項により本件会員契約を解除する旨の意思表示をした。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、破産管財人が、預託金会員制ゴルフクラブの会員契約を双方未履行の双務契約として、解除することはできないと判断しました。
上告人と本件ゴルフクラブの会員との間の契約関係は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員契約であるということができる。当該会員契約は、会員となろうとする者が入会に際して所定の預託金を払い込み(会員は、会則等に定める一定の据置期間が経過した後には退会に伴って預託金の返還を請求することができる。)、ゴルフ場経営会社が将来に向かってゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、会則に従ってこれを会員に利用させることをその主たる内容としているものである(預託金を支払って会員となった者は、ゴルフクラブの会員としての資格を有している限り、会則に従ってゴルフ場施設を利用する権利を有する。)。さらに、会員には所定の年会費の支払義務がある旨会則等に定められることもあるが、このような場合には、会員の年会費支払義務も会員契約の一内容となっている。
以上によれば、預託金会員制ゴルフクラブの会員契約は、主として預託金の支払とゴルフ場施設利用権の取得が対価性を有する双務契約であり(会員に年会費の支払義務がある場合には,年会費の支払も対価関係の一部となり得る。)、その会員が破産した場合、会員に年会費の支払義務があるゴルフクラブにおいては、ゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、これを会員に利用させるゴルフ場経営会社の義務と、年会費を支払う会員の義務とが旧破産法五九条一項にいう双方の未履行債務になるということができる。
旧破産法59条1項が破産宣告当時双務契約の当事者双方に未履行の債務がある場合に破産管財人が契約を解除することができるとしているのは、契約当事者双方の公平を図りつつ、破産手続の迅速な終結を図るためであると解される。破産宣告当時双務契約の当事者双方に未履行の債務が存在していても、契約を解除することによって相手方に著しく不公平な状況が生じるような場合には、破産管財人は同項に基づく解除権を行使することができないというべきである。
相手方に著しく不公平な状況が生じるかどうかは、解除によって契約当事者双方が原状回復等としてすべきことになる給付内容が均衡しているかどうか、旧破産法60条等の規定により相手方の不利益がどの程度回復されるか、破産者の側の未履行債務が双務契約において本質的・中核的なものかそれとも付随的なものにすぎないかなどの諸般の事情を総合的に考慮して決すべきである。
預託金会員制ゴルフクラブの諸施設の整備は、通常は多数の会員から利払いの負担のない資金を調達することによって可能になるという経済的な実態があることは公知の事実であり、この実態にかんがみると、会員契約関係においては、会員となろうとする者が預託金を払い込むことにより会員資格を取得し、ゴルフ場施設利用権を有するに至ることがその基本的な部分を構成するものであるということができる。
預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産した場合、これを理由にその破産管財人が破産者の会員契約を解除できるとすると、ゴルフ場経営会社は、他の会員との関係からゴルフ場施設を常に利用し得る状態にしておかなければならない状況には何ら変化がないにもかかわらず、本来一定期間を経過した後に返還することで足りたはずであり、しかも、当初からゴルフ場施設の整備に充てられることが予定されていた預託金全額の即時返還を強いられる結果となる(解除が預託金の据置期間満了日に近い時期にされたとしても,預託金のように多額の金銭を予定外の時期に調達しなければならない負担がゴルフ場経営会社にとって多大なものであることは明らかである。)。殊に本件のようにゴルフ会員権の市場での売却が困難なゴルフクラブにおいては、多数の会員のうちの一人が会員資格を失うことによりゴルフ場経営会社に発生する負担は一層大きい。その一方で、破産財団の側ではゴルフ場施設利用権を失うだけであり、殊更解除に伴う財産的な出捐を要しないのであって、甚だ両者の均衡を失しているといわざるを得ない。ゴルフ場経営会社が、会員契約の解除によって生じるこのような著しい不利益を損害賠償請求権として構成し、これを旧破産法60条により破産債権として行使することで回復することは、通常は困難であるというべきである。
また、会員契約の成立により、会員は所定の年会費の支払義務を負うこともあるが、その場合でも一般に年会費の額は預託金の額に比べると極めて少額であり、ゴルフクラブによっては会員に年会費の支払義務がない例があることも公知の事実である。そうすると、本件会員契約のように会員に年会費の支払義務がある場合においても、その義務は、会員契約の本質的・中核的なものではなく、付随的なものにすぎない。
そして、破産管財人としては破産手続を迅速に処理する必要があるから、破産財団が有するゴルフ会員権は、通常破産管財人がこれを市場で(市場性のない場合は個別に)換価することになるのであるが、市場における当該ゴルフ会員権の価値が預託金の額より低額である場合に、旧破産法59条1項による解除権を行使することによって、価値の低いゴルフ会員権を失う対価として預託金全額の即時返還を請求し得るとするならば、著しく不当な事態を肯定することになるといわざるを得ない。
なお、破産管財人としては破産財団の減少を防ぐために年会費の支払を免れる必要があるが、そのためには本件会員契約を解除しなくても、会則の定めに従って退会の手続を執れば足りるのである。
被上告人が本件会員契約を解除するときは、これにより上告人に著しく不公平な状況が生じるということができるから、被上告人は、旧破産法59条1項により本件会員契約を解除することができないというべきである。