民事再生手続における商事留置権に関する判例


民事再生手続において、銀行取引約定に基づき手形の取立金を弁済充当することができるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁平成23年12月15日判決

 民事再生手続では、商事留置権は、特別の先取特権として扱われません。優先弁済権がない留置権のまま別除権として扱われます(民事再生法53条1項)。

 ※破産手続での取扱いは、破産手続における商事留置権参照

 手形について商事留置権を有する銀行が、取立金を銀行取引約定に基づき当座貸越債務の一部の弁済に充当することが、民事再生法上、別除権の行使として許されるかどうかが問題になりました。

事案の概要

 被上告人は建築の請負等を目的とする株式会社であり、上告人は銀行業務を目的とする株式会社である。

 被上告人と上告人は、平成18年2月15日付けで、被上告人について、支払の停止又は破産、再生手続開始、会社更生手続開始、会社整理開始若しくは特別清算開始の各申立てがあった場合、上告人からの通知催告等がなくても、被上告人は上告人に対する一切の債務について当然に期限の利益を喪失し、直ちに債務を弁済する旨の条項のほか、次の条項を含む銀行取引約定を締結した。

 被上告人が上告人に対する債務を履行しなかった場合、上告人は、担保及びその占有している被上告人の動産、手形その他の有価証券について、必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により取立て又は処分の上、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず被上告人の債務の弁済に充当することができる。

 被上告人は、平成20年2月12日、東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし、同月19日、再生手続開始の決定を受けた。

  被上告人は、上記再生手続開始の申立て当時、上告人に対し、少なくとも9億6,866万9,079円の当座貸越債務を負担していたが、上記銀行取引約定に基づき、その期限の利益を喪失した。

 上告人は、被上告人の再生手続開始の申立てに先立ち、被上告人から、満期を平成20年2月20日~同年6月25日とする第1審判決別紙「代金取立手形の明細」記載の各約束手形について、取立委任のための裏書譲渡を受けた。上告人は、本件各手形について商法521条の商事留置権を有する。上告人は、被上告人の再生手続開始後、本件各手形を順次取り立て、合計5億6,225万9,545円の取立金を受領した。

最高裁の判断

 留置権は、他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり、留置権による競売は、被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって、上記の留置権の本質的な効力を否定する趣旨に出たものでないことは明らかであるから、留置権者は、留置権による競売が行われた場合には、その換価金を留置することができるものと解される。この理は、商事留置権の目的物が取立委任に係る約束手形であり、当該約束手形が取立てにより取立金に変じた場合であっても、取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上、異なるところはないというべきである。

 したがって、取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する者は、当該約束手形の取立てに係る取立金を留置することができるものと解するのが相当である。

 会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後に、これを取り立てた場合であっても、民事再生法53条2項の定める別除権の行使として、その取立金を留置することができることになるから、これについては、その額が被担保債権の額を上回るものでない限り、通常、再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。このことに加え、民事再生法88条が、別除権者は当該別除権に係る担保権の被担保債権については、その別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の部分についてのみ再生債権者としてその権利を行うことができる旨を規定し、同法94条2項が、別除権者は別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない旨を規定していることも考慮すると、上記取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定は、別除権の行使に付随する合意として、民事再生法上も有効であると解するのが相当である。このように解しても、別除権の目的である財産の受戻しの制限、担保権の消滅及び弁済禁止の原則に関する民事再生法の各規定の趣旨や、経済的に窮境にある債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ろうとする民事再生法の目的(同法1条)に反するものではないというべきである。

 したがって、会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を、法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき、同会社の債務の弁済に充当することができる。


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