破産手続開始決定後に一身専属権の一身専属性が失われた場合に破産財団に帰属するかどうかについて判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁昭和58年10月6日判決

 名誉侵害を理由とする慰謝料請求権が破産手続開始決定後に一身専属性を失った場合に破産財団に帰属することになるのかが問題になった事案です。

事案の概要

 和歌山地方裁判所御坊支部は,昭和46年7月28日午前10時,亡Aに対し,同人の破産を宣告し,昭和49年11月28日,破産終結の決定をした。

 亡Aは,右破産宣告前の昭和41年10月18日,自己が和歌山県日高郡美浜町町長に在職当時に請託を受けて職務に関して賄賂を収受したとの罪で起訴されたことにつき,起訴が和歌山地方検察庁検察官の過失による違法な公権力の行使によるものであり,これによって自己の名誉を毀損されたと主張して,昭和48年3月19日,弁護士を訴訟代理人として,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づいて慰藉料2000万円の損害賠償を求める本件訴えを提起した。

 亡Aは本件訴えが原審に係属中の昭和53年12月14日に死亡した。

最高裁の判断

 まず,名誉棄損に基づく慰謝料請求権の一身専属性について,最高裁は,次のように判断しています。

 名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料請求権は,金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異なるところはないが,本来,財産的価値それ自体の取得を目的とするものではなく,名誉という被害者の人格的価値を毀損せられたことによる損害の回復の方法として,被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積ってこれを加害者に支払わせることを目的とするものであるから,これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思によって決せられるべきものと解すべきである。そして,慰藉料請求権のこのような性質に加えて,その具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけではなく,被害者の精神的苦痛の程度,主観的意識ないし感情,加害者の態度その他の不確定的要素をもつ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであることに鑑みると,被害者が請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は,被害者がなおその請求意思を貫くかどうかをその自律的判断に委ねるのが相当であるから,同権利はなお一身専属性を有するものというべきであって,被害者の債権者は,これを差押えの対象としたり,債権者代位の目的とすることはできないものというべきである。

 次に,一身専属性が失われる場合について,最高裁は,次のように判断しています。

 加害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立したなど,具体的な金額の慰藉料請求権が当事者間において客観的に確定したときは,請求権についてはもはや単に加害者の現実の履行を残すだけであって,その受領についてまで被害者の自律的判断に委ねるべき特段の理由はないし,また,被害者がそれ以前の段階において死亡したときも,慰藉料請求権の承継取得者についてまでこのような行使上の一身専属性を認めるべき理由がないことが明らかであるから,このような場合,慰藉料請求権は,原判決にいう被害者の主観的意思から独立した客観的存在としての金銭債権となり,被害者の債権者においてこれを差し押えることができるし,また,債権者代位の目的とすることができるものというべきである。

 亡Aが本訴訟提起によって本件慰藉料請求権を行使する意思を明示したということだけでは,いまだ当該権利につき同人による行使上の一身専属性が失なわれるものでないこと上記のとおりであり,したがって,同人が既に破産宣告を受けていても,そのために本件訴えについて当事者適格を有しないこととなるべき理由はない。

 最後に,破産手続開始決定後に一身専属性が失われた場合について,最高裁は次のように判断しています。

 亡Aは本件訴訟が原審に係属中の昭和53年12月14日に死亡したというのであるから,本件慰藉料請求権は一身専属性を失なったものというべきところ,破産終結の決定がされたのちに行使上の一身専属性を失なうに至った慰藉料請求権については,旧破産法283条1項後段の適用がないと解するのが相当であるから,本件慰藉料請求権がこの条項により破産財団に帰属する余地はなく,したがって,本件訴訟はその相続人において承継することとなるべき筋合である。