破産手続における相殺に関する最高裁判決


請負人が破産した場合、注文者が請負契約に基づく違約金債権を自働債権とする相殺をすることができるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁令和2年9月8日判決

 請負人が破産し、破産管財人が注文者との間の複数の請負契約に基づき、注文者に対し、報酬の支払いを求めた事案です。注文者は、破産手続開始決定前に、請負契約に基づき違約金債権を取得したとして、違約金債権を自働債権とする相殺を主張しました。相殺禁止の例外に当たるか?が争点になりました。

 ※破産手続における相殺禁止の例外②参照

事案の概要

 上告人と破産会社は、平成27年9月から平成28年4月までの間に、上告人を注文者、破産会社を請負人として、4つの各請負契約(以下、順に「本件契約ア」などといい、併せて「本件各契約」という。)を締結した。本件各契約には、以下のような条項がある。

 (1)注文者は、請負人の責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときは、契約を解除することができる。

 (2)上記(1)の定めにより契約が解除された場合においては、請負人は、報酬額の10分の1に相当する額を違約金として支払わなければならない。

 破産会社は、本件各契約のうち本件契約ウの工事については平成28年6月10日までに完成させたが、本件契約ア、イ及びエの各工事については、同月15日、上告人に対し、資金繰りに窮して続行が困難である旨相談し、上告人から、工事続行不能届を提出するよう指示された。

 破産会社の支払の停止を知った上告人は、平成28年6月20日までに、破産会社に対し、本件各未完成契約について、本件条項に基づき解除する旨の意思表示をした。これにより、上告人は、本件各未完成契約における本件条項に基づく各違約金債権小計2,198万6,532円及びその他の債権75万1,142円の合計2,273万7,674円を取得した。また、破産会社は、同日までに、本件契約アからウまでに基づく各報酬債権合計2,268万6,429円を取得した。

 破産会社は、平成28年6月23日、破産手続開始の決定を受け、被上告人が破産管財人に選任された。

 上告人は、平成28年8月5日、被上告人に対し、上記本件各違約金債権等合計2,273万7,674円を自働債権、本件各報酬債権合計2,268万6,429円を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

原審の判断

 原審は、本件の相殺について、同一の請負契約に基づかないものは、許されないと判断しました。

 本件各違約金債権は、本件条項所定の事由が生じ、注文者が解除権を行使したときに取得したものであって、破産法72条1項3号に規定する破産債権に該当する。

 破産法72条2項2号は、相殺の担保的機能に対する合理的な期待を保護するため、同条1項3号に規定する破産債権に該当する場合であっても相殺を禁止しないとしているところ、特定の請負契約における本件条項に基づく違約金債権を自働債権として、これと対価牽連関係にある当該請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものといえるが、別個の請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものということはできない。

 よって、本件相殺のうち、自働債権である違約金債権と受働債権である報酬債権とが同一の請負契約に基づかないものは、許されない。

最高裁の判断

 最高裁は、本件相殺を同一の請負契約に基づくかどうかにかかわらず、すべて認めました。

 破産法は、破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の趣旨が没却されることのないよう、72条1項3号本文において、破産者に対して債務を負担する者において支払の停止があったことを知って破産者に対して破産債権を取得した場合にこれを自働債権とする相殺を禁止する一方、同条2項2号において、上記破産債権の取得が「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には、相殺の担保的機能に対するその者の期待は合理的なものであって、これを保護することとしても、上記破産手続の趣旨に反するものではないことから、相殺を禁止しないこととしているものと解される。

 本件各違約金債権は、上告人が破産会社の支払の停止があったことを知った後に本件条項に基づいて本件各未完成契約を解除したことによって現実に取得するに至ったものであるから、破産法72条1項3号に規定する破産債権に該当する。

 もっとも、本件各違約金債権は、いずれも、破産会社の支払の停止の前に上告人と破産会社との間で締結された本件各未完成契約に基づくものである。本件各未完成契約に共通して定められている本件条項は、破産会社の責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないこと及び上告人が解除の意思表示をしたことのみをもって上告人が一定の額の違約金債権を取得するというものであって、上告人と破産会社は、破産会社が支払の停止に陥った際には本件条項に基づく違約金債権を自働債権とし、破産会社が有する報酬債権等を受働債権として一括して清算することを予定していたものということができる。上告人は、本件各未完成契約の締結時点において、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づいて発生したものであるか否かにかかわらず、本件各違約金債権をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたといえ、この相殺を許すことは、上記破産手続の趣旨に反するものとはいえない。

 したがって、本件各違約金債権の取得は、破産法72条2項2号に掲げる「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり、本件各違約金債権を自働債権、本件各報酬債権を受働債権とする相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず、許されるというべきである。


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