破産手続における相殺禁止と停止条件付債務の相殺


破産手続開始決定後に停止条件の条件が成就し、又は期限付債権の期限が到来した場合、相殺禁止に抵触するか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁平成17年1月17日判決

 破産債権者が破産手続開始決定時に、期限付又は停止条件付であって破産手続開始決定後に期限が到来し又は停止条件が成就した債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働債権として相殺をすることができるか?が争われた事案です。

事案の概要

 被上告人は、平成8年3月28日、破産者が代表取締役を務めるa株式会社との間で、同社所有建物について、店舗総合保険契約を締結した。

  破産者は、上記店舗総合保険契約に係る火災保険金を詐取しようと企て、本件建物に放火したため、本件建物及び本件建物内の機械・設備・工具類が全焼した。

  本件火災が破産者の放火によるものであることを知らなかった被上告人は、本件火災による損害額を調査するため、鑑定事務所に損害額の鑑定を依頼し、その費用として35万6,769円を支払い、a株式会社に対し、上記店舗総合保険契約に基づき、本件火災を原因として店舗総合保険金2,514万9,440円を支払った。

  被上告人は、本件火災が破産者の放火によるものであることが発覚した後、破産者を被告として、保険金詐取の不法行為による損害賠償等を求める訴訟を提起した。

 破産者は、平成11年2月19日、破産宣告を受け、上告人が破産管財人に選任された。上告人は、別件訴訟の訴訟手続を受継した。

 被上告人は、破産者との間で、原判決別紙保険契約一覧表番号1から52まで記載の積立普通傷害保険契約等の保険契約を締結していた。

 番号1から21までの各保険契約については既に満期が到来していたが、番号22から52までの各保険契約については満期が未到来であった。なお、番号22から47まで及び番号50から52までの各保険契約は積立保険契約であり、番号48及び49の各保険契約はいわゆる掛け捨て型の保険契約である。

  番号22から24までの各保険契約については、破産宣告後の平成11年3月23日又は24日に満期が到来し、番号25から52までの各保険契約については、同年4月2日に上告人が被上告人に対して解約の意思表示をした。

  番号1から21までの各保険契約に基づく満期返戻金は合計1,133万2,950円であり、番号22から24までの各保険契約に基づく満期返戻金及び番号25から52までの各保険契約に基づく解約返戻金は合計2,229万1,040円である。

 被上告人は、平成11年5月15日、上告人に対し、破産者の保険金詐取の不法行為に基づき3,086万1,829円の損害賠償債権を有するとして、これを自働債権とし、上告人の番号1から52までの各保険契約に基づく満期返戻金債権又は解約返戻金債権合計3,362万3,990円を受働債権として、対当額で相殺をする旨の意思表示をし、同年5月19日、本件相殺後の残額276万2,161円を支払った。

  なお、本件相殺により、上記損害賠償債権と破産宣告前に満期が到来していた番号1から21までの各保険契約に基づく満期返戻金債権1,133万2,950円とが対当額で消滅したことについては、当事者間に争いがない。

 上告人は、被上告人に対し、破産宣告後の満期到来又は解約を理由に、本件返戻金合計2,229万1,040円から弁済を受けた276万2,161円を控除した未払金1,952万8,879円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。

  これに対し、被上告人は、本件相殺により本件返戻金の未払金債務は消滅したと主張し、上告人は、本件返戻金債務は、破産宣告後に期限が到来し、又は破産宣告後に停止条件が成就したものであるから、本件返戻金債権を受働債権として相殺をすることはできないと主張して争っている。

最高裁の判断

 最高裁は、以下のとおり、相殺を認めました。

 旧破産法99条後段は、破産債権者の債務が破産宣告の時において期限付又は停止条件付である場合、破産債権者が相殺をすることは妨げられないと規定している。その趣旨は、破産債権者が上記債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働債権とする相殺の担保的機能に対して有する期待を保護しようとする点にあるものと解され、相殺権の行使に何らの限定も加えられていない。そして、破産手続においては、破産債権者による相殺権の行使時期について制限が設けられていない。

 したがって、破産債権者は、その債務が破産宣告の時において期限付である場合には、特段の事情のない限り、期限の利益を放棄したときだけでなく、破産宣告後にその期限が到来したときにも、法99条後段の規定により、その債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働債権として相殺をすることができる。また、その債務が破産宣告の時において停止条件付である場合には、停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく、破産宣告後に停止条件が成就したときにも、同様に相殺をすることができる。以上のように解するのが相当である。

 被上告人は、破産者が破産宣告を受けた時点において、番号22から47まで及び番号50から52までの各保険契約に基づき、満期が到来したときは満期返戻金を支払うべき期限付債務を負い、かつ、番号22から52までの各保険契約に基づき、解約されたときは解約返戻金を支払うべき停止条件付債務を負っていたところ、番号22から24までの各保険契約については破産宣告後に期限が到来し、番号25から52までの各保険契約については破産宣告後に解約により停止条件が成就したものである。したがって、特段の事情の存在がうかがわれない本件において、被上告人は、上記各債務に対応する本件返戻金債権合計2,229万1,040円を受働債権として相殺をすることができるというべきである。


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