破産手続における商事留置権の効力を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成10年7月14日判決
破産財団に属する手形について、商事留置権を有する者が、破産手続開始決定後に、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるか?が争われた事案です。
最高裁は、手形の返還請求を拒絶できると判断しました。
事案の概要
破産会社は、被上告人との間で、昭和63年7月11日付けで銀行取引約定書を差し入れて銀行取引約定を締結した。
本件約定書の4条3項には、「担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴行において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。」と、同条4項には、「貴行に対する債務を履行しなかった場合には、貴行の占有している私の動産、手形その他の有価証券は、貴行において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて前項に準じて取り扱うことに同意します。」と記載されている。
破産会社は、平成4年7月29日、被上告人に対し、本件手形(手形金額100万円)の取立てを委任し、被上告人は、本件手形を預かった。被上告人は、同年9月21日、破産会社に対し、手形貸付により1,000万円を貸し渡した。
破産会社は、同年12月24日に破産宣告を受け、上告人が破産管財人に就任した。
破産会社は、破産宣告の直前に支払停止となって、右貸金債務につき、期限の利益を失ったが、平成5年1月20日における残債務は、995万0,609円であった。
上告人は、同年21日、被上告人に対し、本件手形に関する取立委任契約が破産宣告によって当然に終了したこと、又は同日付けで右契約を解除したとして、本件手形の返還を求めたところ、被上告人は、これを拒絶した。被上告人は、本件手形の支払期日である同月31日に手形交換によって本件手形を取り立てて、破産会社に対する右貸付金債権の弁済に充当した。
最高裁の判断
最高裁は、以下のとおり、手形について商事留置権を有する者は、破産管財人からの手形の返還請求を拒否できると判断しました。
被上告人は、本件手形の占有を適法に開始し、遅くとも破産会社に対する破産宣告があった平成4年12月24日までに本件手形に対して商事留置権を取得したものということができる。そして、破産会社に対する破産宣告後は、商事留置権が破産財団に対して特別の先取特権とみなされることになる。
破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は、破産宣告後においても、手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。
旧破産法93条1項前段は、「破産財団ニ属スル財産ノ上ニ存スル留置権ニシテ商法ニ依ルモノハ破産財団ニ対シテハ之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」と定めるが、「之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」という文言は、当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させる意味であるとは解されず、他に破産宣告によって留置権能を消滅させる旨の明文の規定は存在せず、旧破産法93条1項前段が商事留置権を特別の先取特権とみなして優先弁済権を付与した趣旨に照らせば、同項後段に定める他の特別の先取特権者に対する関係はともかく、破産管財人に対する関係においては、商事留置権者が適法に有していた手形に対する留置権能を破産宣告によって消滅させ、これにより特別の先取特権の実行が困難となる事態に陥ることを法が予定しているものとは考えられないからである。そうすると、商事留置権を有する被上告人は、破産会社に対する破産宣告後においても、上告人による本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。