信託契約の破産財団該当性を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成14年1月17日判決
公共事業の前払金保証事業に関する法律に基づく前払金返還債務の保証を前提として、地方公共団体が請負業者に支払った前払金を管理している専用の別口普通預金が、破産財団に帰属するか?が問題になった事案です。
信託財産が破産財団に帰属するか?という問題です。
事案の概要
地方公共団体は、その発注する土木建築に関する工事について、公共工事の前払金保証事業に関する法律5条の規定に基づき建設大臣の登録を受けた保証事業会社により前払金の保証がされた場合には、請負者に対し、その工事に要する経費につき前金払をすることができるとされているところ、愛知県公共工事請負契約約款によれば、前払金の額は請負代金の10分の4の範囲内とし、前払金の支払を請求するためには、あらかじめ保証事業法2条5項に規定する保証契約を締結し、その保証証書を発注者に寄託しなければならず、請負者は前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならないとされていた。
A社は、平成10年3月27日、愛知県との間で、愛知県公共工事請負契約約款に基づき、平成9年度国庫債務負担行為・水源森林総合整備事業第2号工事に関する請負契約を締結した。
A社は、平成10年4月2日、建設大臣の登録を受けて前払金保証事業を営む被上告人被上告人保証会社との間で、保証事業法及び本件保証約款に基づき、愛知県のために、本件請負契約がA社の責めに帰すべき事由によって解除された場合にA社が愛知県に対して負担する前払金から工事の既済部分に対する代価に相当する額を控除した額の返還債務について、被上告人保証会社が保証する旨の契約を締結した。
本件保証約款によれば、①請負者は、前払金を受領したときは、これを被上告人保証会社があらかじめ業務委託契約を締結している金融機関の中から請負者が選定した金融機関に、別口普通預金として預け入れなければならない、②請負者は、前払金を保証申込書に記載した目的に従い、適正に使用する責めを負い、預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出して、その確認を受けなければ、別口普通預金の払出しを受けることができない、③被上告人保証会社は、前払金の使途を監査するために、請負契約に関する書類及び請負者の事務所、工事現場等を調査し、請負者及び発注者に対して報告、説明又は証明を求めることができる、④被上告人保証会社は、前払金が適正に使用されていないと認められるときには、預託金融機関に対し別口普通預金の払出しの中止その他の処置を依頼することができるなどとされていた。本件保証約款は、建設省建設経済局建設業課長から各都道府県主管部長に通知されていた。
A社は、前払金の預託金融機関として被上告人保証会社があらかじめ業務委託契約を締結していた被上告人信用金庫稲武支店を選定した。
A社は、平成10年4月7日、本件保証契約の保証証書を愛知県に寄託した上、前払金の支払を請求し、同月20日、愛知県から前払金として、A社が被上告人信用金庫稲武支店に開設した別口普通預金口座に1696万8000円の振込みを受けて、預金をした。これにより、愛知県は、保証事業法13条1項により、本件保証契約の利益を享受する旨の意思表示をしたものとみなされた。
愛知県は、A社の営業停止により工事の続行が不能になったため、平成10年6月29日、本件請負契約を解除した。A社は、愛知県に対し本件前払金から解除時までの工事の既済部分に対する代価に相当する額を控除した残金を返還しなかったため、被上告人保証会社は、平成10年7月31日、愛知県に対し、保証債務の履行として残金相当額を支払った。
A社は、平成10年8月7日、破産宣告を受け、上告人が破産管財人に選任された。上告人は、被上告人保証会社に対し、本件預金について上告人が債権者であること等の確認を求めるとともに、被上告人信用金庫に対し、本件預金の残額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、本件の信託財産は、破産財団に該当しないと判断しました。
本件請負契約を直接規律する愛知県公共工事請負契約約款は、前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならないことを定めるのみで、前払金の保管方法、管理・監査方法等については定めていない。
しかし、前払金の支払は保証事業法の規定する前払金返還債務の保証がされたことを前提としているところ、保証事業法によれば、保証契約を締結した保証事業会社は当該請負者が前払金を適正に使用しているかどうかについて厳正な監査を行うよう義務付けられており、保証事業会社は前払金返還債務の保証契約を締結しようとするときは前払金保証約款に基づかなければならないとされ、この前払金保証約款である本件保証約款は、建設省から各都道府県に通知されていた。そして、本件保証約款によれば、上記のとおり、前払金の保管、払出しの方法、被上告人保証会社による前払金の使途についての監査,使途が適正でないときの払出し中止の措置等が規定されているのである。したがって、A社はもちろん愛知県も、本件保証約款の定めるところを合意内容とした上で本件前払金の授受をしたものというべきである。このような合意内容に照らせば、本件前払金が本件預金口座に振り込まれた時点で、愛知県とA社との間で、愛知県を委託者、A社を受託者、本件前払金を信託財産とし、これを当該工事の必要経費の支払に充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当である。
したがって、本件前払金が本件預金口座に振り込まれただけでは請負代金の支払があったとはいえず、本件預金口座からA社に払い出されることによって、当該金員は請負代金の支払としてA社の固有財産に帰属することになるというべきである。
この信託内容は本件前払金を当該工事の必要経費のみに支出することであり、受託事務の履行の結果は委託者である愛知県に帰属すべき出来高に反映されるのであるから、信託の受益者は委託者である愛知県であるというべきである。
そして、本件預金は、A社の一般財産から分別管理され、特定性をもって保管されており、これにつき登記、登録の方法がないから、委託者である愛知県は、第三者に対しても、本件預金が信託財産であることを対抗することができるのであって、信託が終了して信託法63条のいわゆる法定信託が成立した場合も同様であるから、信託財産である本件預金はA社の破産財団に組み入れられることはないものということができる。